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存在の深み

イエスがつねに語り続けてやまない美しい寓話がある
ある父親にふたりの息子があった
下の息子は自分の財産をねだり
それを持ち去って
街で酒と女に使い果たし
とうとう乞食になってしまった
もうひとりの息子は父親とともに残り
農場で一生懸命働いて多くの富を築き上げた
そんなある日
その乞食の息子
道を踏みはずしたほうの息子が
父親に知らせをよこした
「私は帰ります
私は馬鹿者でした
あなたの富を
無駄使いしてしまいました
私を許してください
いま私にはどこにも行き場がありません
どうか私を受け入れてください
私は家に戻ります」と
すると父親は親類縁者にこうふれまわった
「この好機を祝おうじゃないか
一番よく肥えた羊を殺し
おいしい食べ物をたくさん作り
甘いお菓子を街中に配るのだ
奴のためには
一番古いワインを手に入れよう
これは祝宴になるぞ
放蕩息子が帰って来るんだ」と
村人たちの何人かが農場に行って
これをもうひとりの息子に話して聞かせた
「どうだい
なんという不公平だろう
お前はずっと
おやじさんといっしょにいたんだ
まるで召使みたいに彼に仕えた
一度だって道を踏みはずしたこともない
一度だって彼に逆らったこともない
ところがただの一度も
そのお前さんのために
祝宴を催されたためしはない
そんなことは前代未聞だ
それがいまどうだ
あのやくざ息子
あの乞食
おやじさんの金を
残らず使い果たし
罪の限りを尽くした
あの野郎が戻ってくる
不公平もいいところじゃないか
お前のおやじは
なんとそれを祝おうというんだ
街に来てみろよ
甘いものが配られているぜ
盛大な祝宴の用意が整ってるんだ」
上の息子が
かんかんに腹を立てたのは言うまでもない
彼は家に帰った
とてもせつなかった
彼は父親につっかかっていった
「これはなんという不公平ですか?
あなたは私のためには
一度だって羊を殺したためしはない
どんな贈り物をくれたこともない
ところがいま
あなたが与えた富を残らず
それも良くない道に
使い果たしたあいつが
帰って来る段になると
なんとあなたは
それを祝おうとするじゃありませんか」
父親はいう
「そのとおり
なんとなれば
お前はずっと
わしといっしょだったのだからな
こんな必要もないんだ
だがあいつの帰って来るのは
祝わにゃならん
あれは道を踏み誤ったんだ
あれは一度迷子になって
また見つかった羊なんだ」
この話の持つ完全な含みは
クリスチャンには
十分汲み取られてはこなかった
実際にはこの話は
いま私が言っていること
つまり、
タントラの意味することを語っているのだ
これはタントラの寓話だ
これは、
もし正道ばかり歩いていたら
あなたが存在によって
祝福されることはあるまいという意味だ
あなたは単純馬鹿なだけだ
生によってうま味の出ることもない
あなたは自分の中に
なんの塩味も持たないだろう
栄養はあるかもしれない
しかし薬味なしだ
あなたはとても単純だろう
善良だろう
しかしその善良さには
複雑なハーモニーはあるまい
あなたは単音であって
何百万もの音が
ひとつのメロディーを
織りなしたものにはならないだろう
あなたは
なんのカーブも角もない
一本の直線だ
カーブや角があるからこそ美しい
それが生をより神秘にする
それが深みを与える
それのない神々しさなど
浅はかなものだ
あなたは内面になんの深みも持つまい
タントラが
あらゆるものが美しいと言うのは
そういうことだ
罪でさえ美しい
罪はあなたの神々しさに
深みを与えるからだ
道を踏みはずすことすら美しい
なぜならそれがあってこそ
<帰還>がより豊かなものになるからだ
この世界はあなたに必要なものだ
その中に飛び込んで行って
完全に我を忘れてしまうためにね
で、それから<帰還>がある
人々は
もし神がそれに反対しているのなら
なぜこの世界などというものが
存在しているのかと聞く
それならば、なぜ<彼>は
我々を世の中に
業(カルマ)と罪と過ちの世界に
放り込むのか
<彼>は単純に
我々を救ってくれてもよさそうなものなのに
どうしてなのか? と
無理な話だ
そんなことをしたら
あなたは浅はかな
薄っぺらなものになってしまう
あなたは世界のさいはてまでおっぽり出され
そして戻って来なくてはならない
その<帰還>には何かがある
その何かとは
あなたの実存の<結晶化>だ
タントラは
すべてを受け入れる
すべてを生きる
タントラがいままでに
一度も大受けするイデオロギーに
なったためしがないのはそのせいだ
それはいつも
ただの周辺のイデオロギーであり続けてきた
ただ境界線上のどこかね
社会、文明の外側にね
なぜならば
文明というものが
浅薄であることを選び取ってきたからだ
善良だ
が、浅薄だ
文明は否定を
たくさんのものに
「ノー」と言うことを選び取って来た
文明というものは
一切を受け入れるだけの
生の与えてくれる
あらゆるものを受け容れるだけの
勇気を持ち合わせていないのだ
世の中で最も偉大な勇気とは
生が自分に与えてくれるすべてを
受け容れることだ
そしてこれこそ
私があなた方の手助けをして
そこに向かわせようとしているところのものだ
生があなたに与えるすべてを受け容れること
それが深い謙遜のもとに
ひとつの贈り物として
それを受け容れること
私がこう言うときには
社会がそれを
間違いだとか悪だとか呼ぶことを
あなたに条件づけしたようなものも
例外じゃない
セックスを受け容れてごらん
そうすれば
そこから
ひとつの開花がやって来るだろう
ブラーフマチャリアが訪れるだろう
純粋、無垢がやってくるだろう
ひとつの純粋が
そこから現れ出ることだろう
ひとりの人間が
経験を通じて超越するのだ
生の裏道をさまようことによって
彼の目は慣れてくる
そして彼は暗闇の中でさえ
光を見はじめるのだ
昼間光が見えたってどこがすごい?
美しさは最も暗い夜
目がそこに隠された昼を見られるほどに
暗闇に馴らされることにある
最も暗い夜にさえ
朝を見ることができるとき
そこには美しさがあるものだ
そのときあなたは達している
最も低いところにありながら
最も高いものを見ることができ
地獄にあってさえ
天国を生み出すことができるとき
そのときこそ
あなたは生のアーティストだ
そしてタントラはあなたを
その生のアーティストに仕上げようとする
否定人間ではなく
偉大なるイエスマンに
受け容れてごらん
だんだんあなたは
受け容れれば受け容れるほど
欲望が
少なくなってゆくのを感じるだろう
もし受け容れたら
どうして欲望が
そこに持ちこたえられよう?
この瞬間において
何がどうなっていようと、
あなたがそれを受け容れる
そうすればそこには
ほかの何を求めるどんな動きもない
それを生きるのだ
瞬間から瞬間へと
深い受容のもとに成長する
どんな目標もなく
どこへ行くという欲望もなく
タントラは言う
「汝自身であれ」と
そしてそれこそ
あなたがいやしくも
到達できるただひとつの実存なのだ
受容のもとに欲望は倒れる
受容のもとに
無欲性というものが
ひとりでに現れて来る
それを稽古することはない
それを自分自身に押しつけることはない
自分の欲望を断ち切ることはないのだ
ただ受け容れるという
そのことによって
欲望は消えうせて行く
そして、
あなたがトータルに受け入れ
すべての欲望が消え去る一瞬が
突然におこるとき
そこに不意の悟りがある
あなたの側で
何をすることなしにそれは起こる
それこそ
この<存在>が
あなたに与える最大の贈り物なのだ
これが生に対するタントラの姿勢だ
この生よりほかに生はなく
この世界よりほかにどんな世界もない
まさにこのサムサーラ<輪廻世界>そのものが
ニルヴァーナ(涅槃)なのだ
ただもうちょっと
あなたのものわかりがよくなり
もっと受容的になればいいだけだ
もっと子供のように
もう少しエゴイスティックではなく
Osho - Tantra : The Supreme Understanding
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